ビスフォスフォネート関連顎骨壊死検討委員会:
米田 俊之(1.a) 萩野 浩(1.b) 杉本 利嗣(1.c) 太田 博明(2.d) 高橋 俊二(1.e) 宗圓 聰(2.f)
田口 明(3.g) 豊澤 悟(2.h) 永田 俊彦(4.i) 浦出 雅裕(5.j) (執筆順)
1.日本骨代謝学会
2.日本骨粗鬆症学会
3.日本歯科放射線学会
4.日本歯周病学会
5.日本口腔外科学会
a.大阪大学大学院歯学研究科口腔分子免疫制御学講座生科学教室
b.鳥取大学医学部保健学科
c.島根大学医学部内科学講座内科学第一
d.東京女子医科大学産婦人科学教室
e.癌研有明病院化学療法科
f.近畿大学医学部奈良病院整形外科・リウマチ科
g.松本歯科大学大学院歯学独立研究科硬組織疾患制御再建学講座臨床病態評価学
h.大阪大学大学院歯学研究科顎口腔病因病態制御学講座口腔病理学教室
i.徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部歯周歯内治療学分野
j.兵庫医科大学歯科口腔外科学講座
I.ポジションペーパーの目的
ビスフォスフォネート(BP)は骨粗鬆症治療の第一選択薬であり、その他にもがん患者や骨量が減少する疾患に対して有効な治療薬として使用されている。近年、BP製剤を投与されているがん患者や骨粗鬆症患者が抜歯などの侵襲的歯科治療を受けた後に、顎骨壊死(Bisphosphonete-Related Osteonecrosis of the Jaw BRONJ)が発生し、BP製剤とBRONJの関連性を示唆する報告が相次いでいる。わが国においてもBRONJ発生の報告の報告が集積しつつあり、BRONJに対する早急な対応が迫られている。しかしながら、BRONJの発生頻度や病態に関する情報・知識などが広く正確に行きわたっておらず、発生機序が不明で、予防法や対処法も確立されていないために医師、歯科医師、薬剤師、コメディカル、コデンタル、そして患者の間に混乱を招いている。
本ポジションペーパーは、日本骨粗鬆学会、日本骨代謝学会、日本歯周病学会、日本歯科放射線学会および日本口腔外科学会の協力のもとに、骨研究を専門とする内科医、整形外科医、リウマチ医、産婦人科医、腫瘍内科医、口腔外科医、歯周病医、歯科放射線科医、口腔病理医、腫瘍生物学者から構成される“ビスフォスフォネート関連顎骨壊死検討委員会”が、BRONJに関する正確な科学的情報を収集し、その予防策や対応策について統一的見解を提言することを目的として作成された。
II.ビスフォスフォネート関連顎骨壊死(BRONJ)
1.顎骨の特殊性
BP製剤に関連する骨壊死が顎骨にのみ発生する理由として、顎骨には他の骨(長管骨や頭蓋骨など)には見られない特徴(下記(1)~(6))があり、それらがBRONJの発生に関連すると考えられる。
(1).歯は顎骨から上皮を破って植立しているため、口腔内の感染源は上皮と歯の間隙から顎骨に直接到達しやすい。
(2).顎骨のように薄い口腔粘膜に被覆された骨は他に無く、食物をかみ砕く(咀嚼)などの日常活動により口腔粘膜は傷害を受けやすい。粘膜障害による感染はその直下の顎骨に波及する。
(3).口腔内には感染源として、800種類以上、1011~1012個/cm3の口腔内細菌が常在する。
(4).下顎骨は上顎骨に比べ皮質骨が厚く緻密であるためBPの蓄積量が多くなり、また、骨リモデリングも活発である。このためBRONJは上顎骨よりも下顎骨に発症しやすいと推察される。
(5).歯性感染症(う蝕、歯髄炎、根尖病巣、歯周病)を介して顎骨に炎症が波及しやすい。
(6).抜歯などの侵襲的治療により、顎骨は直接口腔内に露出して感染を受けやすい。
2.診断基準
以下の3項目の診断基準を満たした場合に、BRONJと診断する。
(1).現在あるいは過去にBP製剤による治療歴がある。
(2).顎骨への放射線照射歴がない。
(3).口腔・顎・顔面領域に骨露出や骨壊死が8週間以上持続している。
3.臨床所見
正確な発生頻度は不明であるが、注射用BP製剤投与患者におけるBRONJ発生は、経口BP製剤投与患者におけるBRONJ発生にくらべてその頻度が高いことが欧州の調査報告により知られている。わが国においては、欧米に比較して、経口BP製剤投与患者におけるBRONJ発生の比率が高いようである。
BRONJの臨床症状を表1に示す。これらの症状の中で、下口唇を含むオトガイ部の知覚異常(Vincent症状)は、骨露出よりも前に見られるBRONJの初期症状であるとされる。
表1.BRONJの臨床症状 |
●骨露出/骨壊死
●疼痛
●腫脹
●オトガイ部の知覚異常(Vincent症状)
●排膿
●潰瘍
●口腔内痩孔や皮膚痩孔
●歯の動揺
●深い歯周ポケット
●X線写真:無変化~骨溶解像や骨硬化像
(出典1) より引用、改変 |
BRONJと鑑別すべき疾患を表2に示す。がんの顎骨転移はBRONJと鑑別すべき重要な疾患であり、顎骨骨髄炎はBRONJとの鑑別診断が極めて困難である。また、ドライソケット(歯槽骨炎)とは、抜歯窩に血餅が形成されず骨面が露出した状態が続いて強い痛みを伴うものを指すが、BP製剤投与患者の侵襲的歯科治療後にドライソケットが見られた場合はBONJに進展する可能性がある。
表2.BRONJとの鑑別診断が問題となる疾患 |
●がんの顎骨転移
●顎骨骨髄炎
●ドライソケット
●骨壊死を伴うヘルペス感染症
●良性病変による腐骨形成
●HIV関連壊死性潰瘍性歯周炎
●原発性顎骨腫瘍
●外傷
(出典1) より引用、改変 |
4.BRONJ発生のリスクファクター
BRONJ発生のリスクファクターを5種類に大別した(表3)。BRONJ発生頻度は、BP製剤の窒素含有の有無や投与法により異なり、窒素を含有する注射用BP製剤であるゾレドロン酸(商品名:ゾメタ)投与患者におけるBRONJの発生頻度が最も高い。局所的ファクターとしては、多くの論文が、口腔衛生状態の不良をリスクファクターとして挙げている。また、歯科インプラント埋入については、BRONJとの関連性を否定する報告もあり、両者の関連性は明らかではない。しかし、口腔清掃が十分に行われているインプラント埋入前や埋入直後とは異なり、長期経過の間には口腔衛生状態が不良になり、BRONJ発生の危険性が増すと考えられる。
全身的因子のがんの患者は、抗がん剤およびステロイド剤投与、あるいは放射線治療などを受けていることが多く、免疫機能の低下などによりBRONJ発生のリスクが高まる。また、多発性骨髄腫、乳がん、前立腺がん患者などは骨転移、骨痛、あるいは高カルシウム血症を併発することが多いためBP製剤による治療が不可欠であり、自ずとBRONJ発生頻度が高まる。その他の因子として、喫煙はBRONJ発生頻度を高めるとともに予後不良因子でもある。
表3.BRONJ発生のリスクファクター |
1.BP製剤によるファクター
●窒素含有BP>窒素非含有BP
窒素含有BP:ゾレドロン酸(商品名:ゾメタ)、
アレンドロネート(商品名:オンクラスト、テイロック、フォサマック、ボナロン)、
リセドロネート(商品名:アクトネル、ベネット)、
バミドロネート(商品名:アレディア)、ミノドロン酸(商品名:ボノテオ、リカルボン)
窒素非含有BP:エチドロネート(商品名:ダイドロネル)、クロドロネート
●注射用製剤>経口製剤
注射用製剤:(商品名:アレディア、オンクラスト、テイロック、ゾメタ)
経口製剤:(商品名:ダイドロネル、フォサマック、ボナロン、アクトネル、ベネット、ボノテオ、リカルボン)
2.局所的ファクター
●骨への侵襲的歯科治療(抜歯、歯科インプラント埋入、根尖外科手術、歯周外科など)
●口腔衛生状態の不良
●歯周病や歯周膿瘍などの炎症疾患の既往
●好発部位:下顎>上顎、下顎隆起、口蓋隆起、顎舌骨筋線の隆起
3.全身的ファクター
がん、高齢者、腎透析、ヘモグロビン低値、糖尿病、肥満、骨パジェット病
4.先天的ファクター
MMP-2遺伝子、チトクロームP450-2C遺伝子
5.その他のファクター
薬物(ステロイド、シクロフォスファミド、エリスロポエチン、サリドマイド)、喫煙、飲酒
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III.BP製剤投与患者の歯科治療とBP製剤の一時的休薬・再開
侵襲的歯科治療を行うことが問題となるBP製剤投与予定の患者、特にBP製剤が注射剤である場合は、投与前に口腔衛生状態を良好に保つことの重要性を認識させると同時に、口腔内診査にてBRONJのリスクファクターとなる要因をチェックしておく。可能であれば歯科治療が終了し、口腔状態の改善後にBP製剤投与を開始する。
注射用BP製剤投与中の患者に対しては、侵襲的歯科治療を行うことの是非について明らかな見解は得られていない。一方、BP製剤の休薬がBRONJ発生を予防するという明らかな臨床的エビデンスも得られていない。そこで、注射用BP製剤投与中の患者には、BRONJ発生のリスクと歯科治療効果を勘案し、原則的にBP製剤投与を継続して、侵襲的歯科治療はできるかぎり避けるのが望ましい。骨形成不全症の治療には注射用BP製剤が投与されるが、骨形成不全症の小児患者では、侵襲的歯科治療を行ってもBRONJは発生していない。
経口BP製剤投与中の患者に対しては、侵襲的歯科治療を行うことについて、投与期間が3年未満で、他にリスクファクターがない場合はBP製剤の休薬は原則として不要であり、口腔清掃後侵襲的歯科治療を行っても差し支えないと考えている。しかし、投与期間が3年以上、あるいは3年未満でもリスクファクターがある場合には判断が難しく、処方医と歯科医で主疾患の状況と侵襲的歯科治療の必要性を踏まえた対応を検討する必要がある。BP製剤投与中の患者の休薬の原則を図3にまとめた。
表4.侵襲的歯科治療が問題となるBP製剤治療患者 |
1.注射用BP製剤投与予定の患者
2.注射用BP製剤投与中の患者
3.経口BP製剤投与予定の患者
4.傾向BP製剤投与中の患者
・傾向BP製剤投与期間が3年未満、ほかにリスクファクターなし
・傾向BP製剤投与期間が3年以上
・傾向BP製剤投与期間が3年未満、しかしリスクファクターあり |
図3.BP製剤投与中の患者の休薬について
BP製剤の休薬が可能な場合、その期間が長いほど、BRONJの発生頻度は低くなるとの報告がある。骨のリモデリングの期間を考慮すると休薬期間は少なくとも3ヶ月が望ましい。抜歯など侵襲的歯科治療後のBP製剤の投与再開までの期間は、術創が再生粘膜上皮で完全に覆われる2~3週間後、または十分な骨性治癒が期待できる2~3ヶ月後が目安であろう。BP製剤の休薬の可否を決定する際には、医師・歯科医師と患者との十分な話し合いによりインフォームドコンセントを得ておくことも肝要である。
IV.BRONJ発生患者の治療について
1.治療方針
BRONJの治療指針には以下の3項目に集約される。
(1)骨壊死の進行を抑える
(2)疼痛や知覚異常の緩和や感染制御により、患者のQOL(生活の質)を維持する。
(3)患者教育および経過観察を行い、口腔内清掃を徹底する。
2.ステージングに基づいたBRONJの治療法
BRONJ病期のステージングに基づいた具体的な治療法を表5に示す。
表5.BRONJ病期のステージングとその治療法 |
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ステージング |
治療法 |
ステージ0
(注意期) |
骨露出/骨壊死は認めない。
オトガイ部の知覚異常(Vincent症状)、
口腔内痩孔、深い歯周ポケット
単純X線写真で軽度の骨溶解を認める。 |
抗菌性洗口剤の使用
痩孔や歯周ポケットに対する洗浄
局所的な抗菌薬の塗布・注入 |
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ステージ1 |
骨露出/骨壊死を認めるが、無症状。
単純X線写真で骨溶解を認める。 |
抗菌性洗口剤の使用
痩孔や歯周ポケットに対する洗浄
局所的な抗菌薬の塗布・注入 |
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ステージ2 |
骨露出/骨壊死を認める。
痛み、膿排出などの炎症症状を伴う。
単純X線写真で骨溶解を認める。 |
病巣の細菌培養検査、抗菌薬感受性テスト、
抗菌性洗口剤と抗菌薬の併用、
難治例:併用抗菌薬療法、長期抗菌薬療法、
連続静注抗菌薬療法 |
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ステージ3 |
皮膚痩孔や遊離腐骨を認める。
単純X線写真で進展性骨溶解を認める。 |
新たに正常骨を露出させない最小限の壊死骨掻爬、骨露出/壊死骨内の歯の抜歯、栄養補助剤や点滴による栄養維持、壊死骨が広範囲に及ぶ場合:辺縁切除や区域切除。 |
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3.BRONJ発生患者におけるBP製剤投与
BRONJ発生患者におけるBP製剤投与については、注射用BP製剤投与がん患者では、注射用BP製剤による治療を優先すべきである。骨粗鬆症に対するBP製剤投与患者では、BP製剤の休薬あるいは、BP製剤以外の薬剤への変更を考える。
V.今後の展望
BRONJに適切に対応するには医師、歯科医/口腔外科医、薬剤師、看護師、歯科衛生士、歯科技工士の協力によるチーム医療体制を築く必要がある。今後BRONJの臨床データが蓄積されるにつれて、チーム医療による適切な対策が確立されるであろう。BRONJ発症のメカニズムは明らかではないが、最近、BP製剤とは全く異なる作用機序により骨吸収を抑制するdenosumab(Amgen社)でも、ゾレドロン酸(商品名:ゾメタ)と同頻度でBRONJが発生するとの報告がある。このことから、BRONJの発生にBP製剤自体に問題があるのではなく、denosumabとBP製剤に共通する骨吸収抑制作用が関与していることが推測される。いずれにせよ、BRONJは顎骨にのみ発生することから、顎骨の特殊性を考慮して、口腔清掃を徹底することによりBRONJ発生頻度を低下させることができると考えている。また、2003年にMarxが最初にBRONJを報告して以来、顎骨壊死という用語が用いられているが、本病態を顎骨壊死と呼ぶべきか、顎骨骨髄炎と呼ぶべきか、今後、データに裏付けされた病態解析が必要である。
最後に、本ポジションペーパーは、前向き臨床研究に基づいたエビデンスを含んでおらず、これまでの文献報告から得られた情報に基づいた1つの見解を提案したものである。個々の症例への対応は、医療チームと患者との十分な協議・検討により判断すべきである。以上を表6に今後の展望としてまとめた。
表6 今後の展望
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・臨床データ蓄積による対応策の確立
・口腔清掃の徹底によるBRONJの発症予防
・データに裏付けされたBRONJの病態解析(顎骨壊死か顎骨骨髄炎か?)
・他の骨吸収抑制剤(denosumab)とBRONJ発症との関連究明 |